心理学博士。東京大学教育心理学科卒業。東芝勤務後、東京都立大学大学院へ。大阪大学大学院助教授等を経てMP人間科学研究所代表。多くの国立・私立大で教えた経験を活かし教育講演を行う。著書に『「上から目線」の構造』『その「英語」が子どもをダメにする』など多数。
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小学1年生 2018年11月5日の記事
「ほめて子どもを育てよう」という育児論が数多く見られますが、実際に子育て中のママのなかには「ほめるようにしているけど、本当にこれでいいの?」「打たれ弱い子になってしまわないかな……」など、疑問を感じている方もいるのではないでしょうか。
そこで今回は『ほめると子どもはダメになる』の著者である心理学者の榎本博明先生に、ほめることと成長の関連性や、子どもはほめて育てようという考え方が広まった背景などをお聞きしました。
そもそも、「子どもをほめて育てよう」という考え方がこれだけ広まったのは、いつからなのでしょうか。また、背景にはどんな事情があるのでしょうか。
「日本に『ほめて育てよう』という考え方が浸透してきたのは20年ほど前からです。『ほめて育てよう』という教えが90年代に欧米から伝わり、それと同時に、『自己肯定感』という言葉が日本で浸透し始めました。
大きなきっかけとなったのは、2002年の国際調査です。日本の高校生に対する自己肯定感のアンケート結果が、欧米諸国に比べてとても低かったことから、欧米で行われているやり方を日本でも取り入れる動きが広まりました。その一つが『ほめて育てる』という教育法だったのです」(榎本先生)
国際調査の結果を受けて広まった「ほめて育てる」教育法。しかし、本来なら数値として出た結果だけではなく、その背景にある“国民性の違い”にも着目すべきと榎本先生は続けます。
「例えば、多くの日本人は『あなたはすごいか?』と聞かれると、『いえ、たいしたことないですよ』と答えると思います。しかし、話してみるとじゅうぶん立派に生きてきている方がたくさんいます。一方で、欧米や中国などは『自分はすごい』と打ち出すのが当然の文化なので、謙遜していたら生きていけません。そうした国民性や文化的な背景の違いを加味せずに調査の数値だけを比較しても、出てくる結果は当然違うものになるでしょう」(同)
親のほうも、そうした背景を知らず「最良の子育て法」として盲信するのは危険なのですね。
では、欧米でよしとされている「ほめて育てる」という考え方を、日本でそのまま取り入れることには、どんな問題があるのでしょうか?
「日本と欧米が圧倒的に違うのは、欧米では『先生・親は権威者』という位置付けや、大人の世界と子どもの世界は別であるという前提があるということ。親が子どもに合わせる姿勢は乏しく、赤ちゃんのうちから親の都合を教え、親に合わせるよう教え込んでいる文化です。いくら親子でもそれぞれ心理的に距離のある個人であり、それゆえ、その距離のある個と個を、ほめることによって繋げようというのが欧米の親子関係の考え方。ただし、ほめても成果を出せない者は厳しく切り捨てられる厳しい一面があるのも、欧米社会の特徴です。
一方日本では、子どもが幼いうちは親子が一緒に寝て、お風呂も一緒に入るのが当たり前。個人対個人という意識は無く、特に母子間には心理的にも強い一体感があり、ほめる前からすでに濃密な心の交流が行われているのです。さらに、できる子もできない子も、言うことをきく子もきかない子も、分け隔てなく暖かく包み込むのが日本社会。そう考えると、欧米での『ほめて育てよう』という思想を、文化的伝統の違いを無視して『海外のやり方は素晴らしい、日本は遅れている』とそのまま持ち込むのは、混乱を起こす引き金となります」(同)
日本と欧米では、前提となる親子間の関係性があまりも違うのですね。
自己肯定感を向上させる目的で、ほめる子育てが流行したとのことですが、そもそも「自己肯定感」はほめられると育つものなのでしょうか?
「自己肯定感とは自分の存在を自分で認める感情のことで、自己効力感とも言い換えられます。そして、その自己肯定感は、ほめても育たないという研究結果があります。実際、ほめる子育てが日本で広まって以降、自己肯定感の低い高校生はほぼ3倍に増えています。
人生は楽しいことだけではありません。思い通りにならず、辛い思いをすることもたくさんあるでしょう。そんなときも自ら状況を打開していかなければなりません。例えば、部活動などで誰しもがレギュラーになれるわけでは無いですし、がんばって勉強したのに、志望校に受からなかった……という話だってあります」(同)
落ち込んでいる我が子を見ると、親としては、少しでもいいところを見つけてほめた方がいいのかな…と迷うところです。うまくいかないときには「よく練習したね」などとプロセスをほめようとも言われますが、何を目的に、どんな声がけをするのが正解なのでしょうか?
「あえて全てをほめようとしなくてもいいということです。葛藤や挫折がつきものの人生において、大切になるのはレジリエンスという力です。レジリエンスとは、簡単に言えば、逆境に負けない力、落ち込むようなことがあってもすぐに立ち直る力のこと。心の復元力とも言えます」(同)
このレジリエンスは、辛い目に遭った時に鍛えられ、強くなるものだそう。そして、レジリエンスだけでなく自己肯定感についても、自らの力で困難を乗り越えた時にこそ高まると言われているとのこと。
「ほめられる状態が基礎水準となってしまうと、ネガティブなことに耐える力が育たず、ほめられない時に自己を保ちにくくなってしまいます。誰でもほめられたらポジティブな気持ちになるのは当然。しかし、思い通りにならないのが人生でもある中、欲求不満に耐える力がないと現実に適応できない子になってしまいます」(同)
「ほめて育てよう」という考え方は日常的に見聞きし、スタンダードな育て方だと感じている方も多いでしょう。ところが、この育児法は、一歩間違えると子どもの「レジリエンス」の成長にマイナスに働きかねない一面もあるのですね。
日本と欧米では文化背景が異なる中、安易に欧米のやり方を取り入れるより、日本の国民性や文化的背景に合ったやり方を考える必要がありそうです。では、具体的に何をゴールに子育てを考えていけばいいのか? 後編で引き続き榎本先生にお伺いします。
(取材・執筆:代 麻理子)
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