1958年生まれ。慶應義塾大学文学部教授。博士(教育学)。専門は教育心理学、行動遺伝学、進化教育学。著書に『心はどのように遺伝するか ―双生児が語る新しい遺伝観』(講談社ブルーバックス)、『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SB新書)、『なぜヒトは学ぶのか 教育を生物学的に考える』(講談社現代新書)など多数。
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学校・まなび
年長 2019年3月7日の記事
「苦手」も遺伝する!? だとしたら、どう取り組むのが正解?
行動遺伝学の先生が教える「学び」の意味【第2回】
人は遺伝の影響を大きく受けるが、それでも学び続ける意味は大きいとのこと(第1回参照)。第2回では、なぜ学ぶのかについてもう少し掘り下げつつ、子どもが苦手に出会ったとき、保護者はどう捉えるべきかについて、引き続き、行動遺伝学・教育心理学を専門とされている安藤寿康先生に伺います。
●人の“行動”は、持っている“知識”に左右される
前回仰っていた「人は遺伝の影響を大きく受けるが、それでも学び続ける意味はある」ということについて、さらに詳しく聞かせて下さい。
「世の中の事がらは、すべて知識として捉え直すことができます。さらに、人がどういう行動がとれるかというのも、その人の持っている知識に基づいています。私たちの生きる世界は知識とその使い方によってできていますが、その知識は遺伝的に持って生まれるものではなく、学習しなければ学べないものです。
その学習のルートは小さな子どもの頃から始まっていますが、どういう知識を蓄えていて、どんな場面で使えるかということが、その人が『どういう人であるか』ということなのです」(安藤先生)
「知識」と聞くと学校で習うものやテスト対策などを想像してしまいますが、そういったものではないんですよね?
「『知識』というと本で読んで頭の中で持っているもの、『学習』というとお勉強と思われがちですが、その人の生きざまというか、その人“そのもの”が知識ではないかと私は考えています。それと学校の勉強はもちろん無関係ではありません。
ちなみに、私自身も学生時代は歴史が大の苦手で、なんでこんな生活に直結しないものを学ばなければならないのだろうと恨めしく思っていたのですが(笑)、年齢を重ねた今では歴史を学ぶ重要性も見出せるようになりました。なので、勉強が苦手な子どもの気持ちもわかるのですが、蓄えた知識が、後々になって意味を発揮することも多々あるんだよと伝えたいですね」(同)
●子どもが「苦手」に出会ったら、どう声がけする?
好き・嫌いや得意・苦手といった部分も遺伝の影響が大きいとのお話でした。わが家の娘も、漢字が苦手だから国語は嫌いと言っていますが、苦手単元に出会ってしまうと、もうこの教科はやりたくない、と拒否してしまう子も多いようです。保護者はどのように捉えたらいいのでしょうか?
「まずは、子どもの知識になるところを大切にしていくことが重要だと感じます。たとえ漢字のドリルは嫌いでも、自分の興味のあることが書かれている本やウェブサイトに読めない漢字が出てきたら、いやでも読もうとするでしょう。そこでその漢字の形と意味を考えたり、調べたり、人に聞いたりする。
そんなことをしても確かに国語の成績には直結しません。しかし、生きていく上での知識と考えると、教科としての評価が低かったとしても、その中から何か学べたと思えたら、それだけでも宝じゃないでしょうか?
学びの本質を考えると、そもそも教科という単位でくくれるものではないですし、逆に『ここは苦手だけどここは得意だ、授業の内容を越えてもっと深掘りしたい…!』となることだって多いに起こり得ます」(同)
苦手だからやりたくないと言う子どもには、なんと声がけするのが適切でしょうか?
「人は『あなたは勉強ができないね』や『あなたは〇〇が苦手だものね』のように言われると、『自分はやっても無駄なんだ…』と自ら学ぶ機会を放棄してしまいます。けれど、やってできないのとやらないでできないのでは全然違いますし、やらないでできないというのは、最も好ましくありません。
というのも、やってみたら何か感じるものや、得ることがあるかもしれないからです。やった上で個人差が出てくるのは仕方がないものとして、『やってみたら、あなたなりに学ぶ何かがきっとあるはずだよ』と声がけするのがいいのではないでしょうか」(同)
●「一芸に秀でていればOK?」それでも苦手に取り組む意味
最近は、「一つのことに秀でていたら、それで生きていける」という風潮もありますが、それでも、苦手なことを諦めないほうがいいのでしょうか?
「生きていけるという意味では、その考え方は間違ってはいないと思います。ただ、知識とはネットワークなので、ある部分がごっそりと抜けてしまうと、他のところが生きてこないという側面があります。たまたまある部分を学ぶ機会がなかったがために、その人の違ったある部分が生きてこないということも多いにあり得ます」(同)
脳の中での繋がりが、新たなものを生み出すということでしょうか?
「はい。知識そのものは脳のいろいろな場所に、いろいろな形で分散して格納されています。脳の重要な機能の一つに、それらを繋ぎ合わせるという働きがあります。新たに学習する知識と、既に持っている知識を繋げていくというのがすごく重要なんですね。
今ここで、持っている知識を使おうというときに、脳内で知識と知識がネットワークとして繋がっているのか、それとも、個々の部分しか出てこないのかでは、その後の展開が大きく違ってきます。
ある分野の知識を多く持っていることや、素早く知識を引き出せることもそれぞれ一つの能力ですが、脳内にストックされたさまざまな分野の知識を繋げて出せることも一つの能力です。いろんな知識を繋ぎ合わせて適切な場面で使えるというのは、その人の人生の深さになるのではないかと私は思います」(同)
たとえテストで良い点を取れなかったとしても、学びが何らかの形で蓄積されれば、それがいつしか別の知識と繋がって意味を持つかもしれない…。そう考えると、目先の点数や結果にとらわれにくくなりますね。くれぐれも子どもに「あなたはこれが苦手だから…」なんて言葉をかけないよう、心がけたいものです。
次回は、保護者自身が学び続けることの意味について、引き続き安藤先生に伺います。
(取材・執筆:代 麻理子)